地理
地勢
佐賀県の南東部に位置する。市域は南北に長く、南側は
有明海に面し、南東部は
筑後川を挟んで
福岡県大川市・
柳川市に、北東部でも
脊振山地を境に福岡県
福岡市(
早良区)・
糸島市に接している。
長崎自動車道付近を境にして、市域の北半分は、北部九州を東西に貫く
筑紫山地に属する
脊振山地であり、山がちで起伏が大きい。市域の南半分は、有明海北岸に広がる
筑紫平野の西部に属する
佐賀平野であり、起伏がほとんどない低平な地域で、対照的である。
市面積は約431km
2で、県内では
唐津市(約487km
2)に次いで広い。ただし、腰巻山付近 - 帯隈山付近までの直線距離約2kmが神埼市との境界未定部分である。
* 東端:東経130度23分
* 西端:東経130度8分
* 北端:北緯33度29分
* 南端:北緯33度8分
人口約24万人を有する佐賀県最大の都市で、九州内では
佐世保市に次いで11番目に人口が多い。10%通勤圏人口では約41万人(2005年)を有する
佐賀都市圏の中心市で、
佐世保都市圏の約31万人を上回る。
福岡市とは山地を隔てて距離があることから、
鳥栖市などがそうであるのに対して
ベッドタウン化はみられない。鳥栖市・
久留米市が交通拠点・工業地域、
唐津市が港湾・観光都市であるのに対し、佐賀市は農業地帯の中心に位置する田園都市や佐賀県中部・東部の地方商業都市としての面が強い。
2000年代以降は観光都市としてPRする動きが活発であり、観光資源の発掘が盛んである。
平野部
平野部では水辺と田園地帯が独特の自然景観を見せる。市域にあたる佐賀平野中部は、丘陵がほとんど存在せず、河川
堤防を除くと全般的に海抜が低い。また中小河川や水路(クリーク)が発達していて、農業用水・生活用水や水運を目的としていたことから、市街部・田園部の別なく水路が網羅されていて、その恩恵を享受していた。一方で、脊振山地に源を発し市域西部を流れる
嘉瀬川と、九州山地に源を発する九州最大の
筑後川に挟まれているため、昔から洪水の頻発地帯であり、灌漑や治水によって農地や住民の生活が守られてきた側面もある。
市街地北部の国道34号線付近でも海抜5mであり、有明海沿岸堤防の計画高水位より低い
[[http://www.maff.go.jp/kyusyu/nn/new/17/mizu/mizu02.html 佐賀平野の宿命(洪水と干ばつの歴史)] 佐賀中部農地防災事務所]上、起伏が少ないため水はけが非常に悪い地域であった。一度堤防が決壊して町や農地が水浸しになると何週間も引かないことがある一方、水争いでの村同士の対立も深刻であった。これを一変させたのが、江戸時代に入ってから
成富茂安/成富兵庫茂安らの協力で佐賀藩が行った治水事業である。平野全体で治水や灌漑を一体的に考える当時としては画期的な手法によって、洪水被害が軽減され水争いが減少した。また明治以降、干満差が大きい有明海を取り囲む高い堤防と水位調整、さらに蛇行の多い水路を直線的に改良して排水効率を向上する水路整備や排水ポンプ場整備により、現在の洪水被害は減少している。
江戸初期に設置された石井樋により嘉瀬川から分流した
多布施川は、市街地北部を縦断して水路に分化しながら佐賀城内に至り、古くより生活用水として用いられていた。現在も多布施川から旧佐賀市の水道水が取水されている。城内通過後の多布施川は
佐賀江川につながり、市街地南部を再び縦断して今度は農業用水に用いられ有明海に至る。このほか
巨勢川、
福所江川、
八田江川などが、いずれも北から南に向かって流れている。諸富町南東では
筑後川に接し、
中州である
大中島、筑後川と
早津江川に挟まれた
三角州/河口州である
大野島/大詫間(島の南半分が佐賀市、北半分が大川市)は市域に含まれる。
起伏が少ない佐賀平野は水田に適しており、古代より順次開墾されていって稲作地帯となった。また佐賀平野は筑後川などの土砂運搬により急速な自然陸化が進む地域で、海岸線は年々南下してきた。これに加え、
江戸時代以降本格化した
干拓によって、人工的に土地を造成して農地を拡大してきた。東与賀町や川副町の大部分、本庄町・西与賀町・久保田町の南端はほとんどが干拓地である。
佐賀市街は、市内平野部のちょうど真ん中付近に位置している。佐嘉と呼ばれていたこの町は、戦国時代まで佐賀平野の1農村に過ぎなかった。
室町時代中期に村中城および水ケ江城を構えて拠点としていた
龍造寺氏が
戦国時代 (日本)/戦国時代後期に勢力を伸ばしたことが転機となり、町が発展した。さらに、後継の
鍋島氏は2つの城を
慶長年間(1596年 - 1615年)に大改修し
佐賀城を築城するとともに、城周辺を再整備した。その際、
条里制による直線的な道路・水路を生かして碁盤の目のような整った街路区画を行っており、現在でもその名残を見ることができる。これ以降佐嘉は肥前佐賀藩の城下町として、また
長崎街道の宿場町としても栄えた。中世以降「佐賀」の表記も用いられるようになり、
明治維新以降は正式に「佐賀」と改められた。そして、
明治初期の
廃藩置県後に県庁所在地となったことで、
近代以降の佐賀県の行政の中心地としての地位を確立する。
現在の佐賀市街は、佐賀駅を中心としてビル街・商業街があり、それを取り囲むように低層住宅地が位置し、住宅地郊外に
ショッピングセンター型の大型商業地が点在する。宅地化はやや道路に沿いながらもほぼ同心円状に進んだ。中心市街地では佐賀駅移転・工場の移転再整備・基幹道路整備という一連の流れにより再開発が進んだ地域もある。いわゆる高層建築物はほとんどなく、もともとの地形とも相まって、比較的平坦な街並みである。
地価高騰により住宅地が郊外に集積したことで、高齢化と
ドーナツ化現象が中心市街地の衰退を招いていたが、
1990年代 -
2000年代には地価下落による再開発ラッシュの影響を受け、中心市街地に中層
マンションが集積したことで、ドーナツ化は緩やかになっている。しかし、同時期に郊外型商業地の集積も進んだだめ、佐賀駅周辺や城内地区などの
商店街型の小売業は長期的に衰退してきている。
一方の郊外部では、農地に点在していた住宅の間に新しい戸建住宅や
団地が造成されるなどして、開発が順調に進められて市街地が拡大していった。
通勤の軸が
鉄道ではなく
自動車(
道路)であるため、主要道路の沿線に住宅地が形成されている。もともとの農地が区画整理されていたこと、1970年代から早期に環状道路が整備されたこと、郊外化に拍車をかける市街の地価高騰がそれほど顕著でなかったことから、
スプロール現象は起こっていない。
山間部
市域の佐賀平野と脊振山地は、川久保断層などの
断層系によって直線的に隔てられ、
丘陵地帯がみられないのが特徴である(対する
小城市や
神埼市方面では丘陵地帯がある)。嘉瀬川は山間部では川上川とも呼ばれ、そそり立つような山の間を流れる大和町付近は
川上峡と呼ばれる。
佐賀県の中央部、市内では西端付近に位置する
天山 (佐賀県)/天山(1046m)が市内最高点で、市内北端の福岡県境に連なる
雷山や
羽金山などがそれに次いで高い。天山と雷山・羽金山の間には山々が連なり、その間を川上川(嘉瀬川)水系の河川が縫うように流れ、市北部をカーブを描きながら南下している。比較的緩やかな山合いや川岸の平地に、農地に囲まれた
農村や、
里山に接した
山村が点在している。
川上川最上流の
三瀬村 (佐賀県)/三瀬村西部には
北山ダム (佐賀県)/北山ダムがあるが、その下流の富士町中部に佐賀県最大規模となる
嘉瀬川ダムが建設中であり、
2011年に完成する予定である。また、川上川水系から離れた大和町の一部や金立町・久保泉町の山間部では、少雨時に水不足になりやすいため、多数のため池が点在する。
羽金山には
日本標準時標準電波 JJYを送信する
はがね山標準電波送信所がある。JJY送信所は日本に2か所あり、もう1つは
福島県田村市・
川内村 おおたかどや山標準電波送信所/おおたかどや山。
* 山:
天山 (佐賀県)/天山 (1046m) 、彦岳 (845m) 、白石山 (794m) 、
雷山 (955m) 、
羽金山 (900m) 、亀岳 (740m) 、権現山 (586m) 、金立山(502m)
気候
温暖で年間を通して降水量が多く、特に夏に雨が多い
太平洋側気候、また年平均気温が高めの九州型の気候に入る。ただし九州の中でも、同じ有明海沿岸の
熊本市や
久留米市などと同様に、気温の上下幅が大きい
内陸性気候の傾向がある。近隣の唐津市や福岡市に比べ
冬の
最低気温が低く、
夏の
最高気温が高くなるうえ、1日の最低気温と最高気温の差も大きい。市南部(平野部)では雪は少なく積もることは少ない。
山間部は市街地に比べ、年間降水量が多く、年平均気温が低い。また、玄界灘からの北西季節風に伴い毎年冬に5 - 10cmのほどの積雪がある。
* 年間平均降水量約1800mm(佐賀市街部) - 約2400mm(三瀬村) (参考・福岡市の年間平均降水量:約1600mm)
* 年平均気温約13℃(三瀬村) - 17℃(佐賀市街部)
人口
2000年10月1日の
国勢調査時の諸統計(旧佐賀市)
* 人口:167,955人
* DID(
人口集中地区)人口:138,000人 - 中心市街のほか、大和町に副市街が形成されている
[佐賀市都市計画マスタープラン [http://www.city.saga.lg.jp/up_download_file/s9676_20070320112733.pdf 3章 佐賀市を取り巻く環境の変化] 2011年12月3日閲覧]。
*
昼間人口比率:107.11%(2005年) - 佐賀県内では
鳥栖市および
玄海町に次ぎ3位。
* 平均年齢:40.3歳
** 年少人口(0 - 14)割合:16.1%
** 生産年齢人口(15 - 64)割合:66.3%
** 老年人口(65 - )割合:17.6%
*
合計特殊出生率:1.61
隣接している自治体
佐賀県
*
唐津市
*
小城市
*
神埼市
*
多久市
福岡県
*
福岡市(
早良区)
*
糸島市
*
柳川市
*
大川市
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